太極拳戦略セミナー
太極拳概論 太極拳起勢 原理と実証 戦闘の法則 技術と戦術

太極拳は世界に最も広く伝わり、最も多くの愛好者を擁する拳法である。太極拳は老若男女を問わず幅広く親しまれ、ほかの武術や武道からも数多くの参入者を有する。広汎な包容性と柔軟な可能性を持つ武術である。

だが太極拳の実戦能力に及ぶと残念なことに、武術の中で最も使えないのはまた太極拳である。 この百数年来、擂台や散打大会などの格闘競技において、太極拳の選手が優勝した記録が見当たらない、"太極拳は使えない"と言うのはもはや公認の事実である。

如何なる流派や様式も武術の入り口である。それは常態に異を唱える自我主張が立場であるため、その教習体系はレベル1主観の次元に留まる。そして、自分の流派も卒業できない中途半端の者が、ほかの流派に対する客観的な知識がある筈もない。いつまでも卒業の出来ない教習体系は、情報操作、思想制御、行動制限、感情支配のマインドコントロールである。主観の拘束は本質の認識と進化の可能性をなくし、自我の次元に止まった"極め"の主観の世界を作る。

学習が応用に至らないのは何も太極拳に限ったことではない。何年も鍛錬した武術や武道の"型が使えない"のは周知の事実であり、所謂”使える”と言うのはワン・ツーパンチとハイやローキックのコンビネーションのことである。

「忠言は耳を逆らい、真実は夢を覚ます」流派武術や現代武道の言う"技が使える"こととは、?弟子が相手なら"使える"、?弱小が相手なら"使える"、?素人が相手なら"使える"ことであり、相手が敵対者や武術の経験者或いは喧嘩の熟練者になると、"使える"筈の技が通用しなくなるのは情けないことである。「技を使う」には相手がなくてはならない。突発的な争いに於いて相手の類型や流派と様式などの選定はできない、相手を知らなければ、技が使いえるとか、使えないとかの言論などが成り立たない。

孫子兵法曰く:「己を知り、敵を知る者は、百戦にして負ける事はない」。「己を知り、敵を知らずは一勝一敗」。「己を知らず、敵も知らずは戦う毎に必ずや敗れる」。「己を知り、敵を知る」を口で言い、耳で聞くのは容易いことである。

流派武術や様式格闘の分類管理の現状において、実際に技術の原理と戦術の法則を研究するのは困難である。そして、卒業のできない武術や武道の自閉的な体質が「己を知らず」の事態を招き、流派と様式のすみ分けによる縦割りな体制が「敵も知らず」の現状を作る。

「敵を知る」と言うのは、誰が (体格類型)、何を(流派様式)、どのぐらい(年期内容)、どんな水準(実績特色)など情報のことである。情報はあるのに越したことはないが、突発的な事態において、個人情報を入手することは困難であり、またその情報は正確であるとは限らない。
まして、数百の武術流派と数十の格闘様式を知り尽くすことはできないし、数種類の流派や様式の武術格闘を修めている人もたくさんいる。従って、流派武術や格闘様式の主観的な思考概念をもって、客観的に「敵を知る」ことを求めるには無理がある。

EoE の提案
「己を知り、敵を知る」を簡潔に言えば客観性を保つことである。誰しも何らかの流派や様式から武術や格闘技に接する、自分が行っている流派や様式の欠点を指摘されると誰しも感情的になる。「人間は感情の動物である」。事実よりも感情が先走ることはよくあり、過度な感情的言動は人間を盲目にする。よって、 EoEはその感情的な配慮もって、「流派は武術の入り口であり、様式は戦闘の一部分である」と言う共通な出発点から、下記のような方向展開を提案する(EoEとはを参照)。

  
  お客様の需要=形状的認識 (権威/銘柄) ← 学生 → 学習者の課題=深層の認識(原理/法則)

流派武術や様式格闘は自ら枠組みを設けているため、自ら選定した範囲の中でその論理を遣り繰りする宿命にある。
例1太極拳は陳式・楊式・武式・孫式などを包括するが、×式太極拳は○式太極拳が云々などと言うことはできない。
例2柔道には決められた一定の枠組みがあり、柔術、合気道、レスリング、ソウカク、サンボなどを言及するのはタブーである。 よって、流派武術や様式格闘は狭義的な技術理論や戦闘方法があっても、他の流派様式を包括統合出来るような位置にはない。

流派武術や様式格闘が目的の人は、自ら選んだ方向を目指せばよい事であるが、武術の習得が目的の人は、流派や様式の枠組みを越えた総合客観な思考のが必要である。
太極拳には無数な流派形式があり、その実数を知ることすら出来ない。どんな流派の太極拳にしろ、太極拳と称するからには、?太極起勢の始まり、?太極13勢の基本、?武術的な原則がなければならない。流派形式や様式規制の枠組みを越えた、論理的な検証と物理的な実証が太極拳の本質を見出せる。

EoEの提案:
太極拳は“遅い”のではなく、それは「等速」である
 速いや遅いは速度である。速度は距離÷時間である。これは誰でも分かることであり、武術に必要なのは
  標的に到達する速さだけではなく、むしる状況に反応対処できる速さの方が重要視される。単に速さを求
  める者は速さの拘束を受ける。さの合いを知る者は速度の制御が出来る。速度の制御には、?等速
  ?加速、?変速などに対する認識が必要ある。

太極拳は“柔らかい”のではなく、それは「波動」である

 太極拳は「柔らかい」であるならば、日本にも術や剛流空手そしてオリンピックの道もある。
 「」は柔らかい、softであることは周知のことである。柔らかいや遅いは形容詞であり、何を基準にしてそれ
  らを定義づけているのか何の根拠も持たない。
 「柔道」は「らの」や「」の唄は日本の映画や歌謡の大衆娯楽であり、そんな取って付けたような認識レベル
 では武術など遣っていられない。

「点の延長は線、線の変化は波線」。
  「立体的な波線は螺旋であり、総合的な螺旋は流体である」。
 点はエネルギーの聚合であり、線はエネルギーの持続である。
  波動はエネルギーの伝達と増幅を可能にし、螺旋は物体操作の能力を有し、流体は変幻自在の性質を持つ。

 ?太極拳の意味:
 「太」 とは、非常に大きいこと、「太陽」 (広辞苑)。」総体的に大きくなることは拡散膨張で ある(EoE)。
 「極」は 、物事の最上、最終のところ、「極限」(広辞苑)。拡散膨張の極まりは相対する集束収縮となる(EoE)。
 「拳」は、 形状認識である “握り拳”の解釈と、深層認識 による「拳の形成運動 (EoE)」の思考がある。

 ?太極拳の本質:
 太極拳の始まりである太極起勢は、流派の形式を越えた不可変易の源である。 
 太極起勢における探究の度合いが、太極拳の認識の深さに繋がるものである。

 ?太極拳の基本:
 太極13勢=八法−膨・履・擠・按・採・裂・肘・靠。
 五行−中・前・後・左・右。

 ?武術的な要素:
 防禦法、打撃法、制御法の技術的な進行。
 遠距離、中距離、近距離の戦術的な展開。
 小架子、中架子、大架子の運動的な転換。
 点線法、交叉法、螺旋法の物理的な進化。


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